火曜サスペンダー劇場 『落語家・橘ノ 杏奈の日常事件ファイル9』
くだらない独りゴトを言いまくって、勝手にしやがってやるわよォ〜ッ!
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事件担当者

Anna☆T

Author:Anna☆T
*落語家・橘ノ 杏奈
  (たちなばなの あんな)
*(社)落語芸術協会所属
*橘ノ 圓(まどか)一門の真打。

*苦手なタベノミモン。
酒類/コーラ/牡蠣/魚肉練り物
柿/和洋菓子(平気なのも有り)
甘辛い物/ドライフルーツ
天津甘栗……とか。

*好きなタベノミモン。
麺類/とろろ/明太子/ハーブティー
軟骨モノ/乳製品……とか。

*長野県長野市出身

*乙女座・A型・丑年・九紫火星
水星人マイナス(霊合星人)w

*外見に似合わずロマンチスト
*外見に似合ってダイエッティスト



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杏奈的・『素晴らしき哉、人生!』

真打披露を機に、関東圏はもとより、故郷のテレビや新聞等に多数、出させて頂いたお陰で、
今まで関東圏からがほとんどだったのが、
最近は故郷の色んな方からも沢山のメール等を頂きます。

しかも、私のお陰で○○○した、とか、○○しているという御礼の言葉付きが多いのです。

『駅前テレビ』で御一緒させていただいた某アナウンサーの方からは、
アナウンサーとして理想と現実の中でもがいている時に、
私が二ツ目時分に、特集に組んで頂いた『My favorite things2 〜輝く信州の女性たち〜』
を観て、モチベーションが上がったというか、力にしました、というメールを頂いたり。

今日も、幼稚園で同じクラスだったうえに、ほぼ毎日のように遊んでいた友人の一人から、
二十数年ぶりに便り(ユー・ガット・メール♪)が届いて、
長野でのテレビを観て、私が落語家になってるのを知ってメールをくれたのだけれど、
一言、御礼が言いたくて……という内容がほとんどでした。

こういったようなメールを頂くたびに、嬉しい反面、恐縮と照れくささが有ります
……でもね。
私の一番好きな映画で、私の人生にとって永遠のテーマである『素晴らしき哉、人生!』の世界を、
ほんの一カケラだけ実体験したような気分で、私の緩すぎる涙腺が開いてしまうンスよ

何故『素晴らしき哉、人生!』が、私の永遠の人生テーマかというと。
もしかしたら、私はこの世に生まれてなかったかもしれない要素が沢山あったからです。

母方の祖父母が関東大震災に遭って、お互い違う場所に居たけど、2人共無傷で助かった事。
.もし、どちらかが被害に遭って死んでいたら、私は生まれていなかった。

その関東大震災と、祖母の女の直感のお陰で、母が子供の頃の栗林家全員が
間一髪で長野に疎開して東京大空襲を逃れ、4人全員(祖父母・母・叔母)が助かった事。
.もし祖母の直感が働かず、そのまま東京市 日本橋区 浜町で栗林家4人が暮らしていたら、
もし、その直感が1年遅かったら大空襲で、栗林家が全滅して途絶えていたかもしれない。

その長野への疎開のお陰で、母が19歳で【でもしか教師】で教職に就き、母35歳の時に
母の同僚(現・父の一番上の兄の兄嫁)の紹介で、父と出会って結婚したこと。
.もし、長野に疎開せず、母も父も教職に就いてなかったら二人は一生出会わなかったでしょう。
出会わなければ、私は産まれて来るはずがないわけで。

ちなみに、現披露興行の真打披露口上で、ウチの師匠が挨拶の際に、
「杏奈のお父さんは昔、小学校の校長先生で、お母さんは小学校で音楽の先生をしていた」
と、言っていますが、これは師匠得意のホラか、思い違いです(爆)
父は校長先生ではなく、ごく普通の教師で、後に転職してガラス&サッシ会社勤務になったし、
母は、音楽は好きだけど音楽の担当ではなく、主に算数&家庭科の先生でした。

両親が結婚数年後、母が37歳の時に初産の女の子(姉)を産んだのだけど、
先天性の病気で、たった3日の命だった事。
.もし、この7歳上の姉が健康に産まれて育ってたら、次に私は生まれただろうか
と、常に思っている。
マルコウだから次の子供は諦めて、この姉が一人っ子として栗林家の長女になって、
私は、生まれてこなかったかもしれない。

初産での子供を3日で亡くしてから、私が産まれるまで7年と数ヶ月間のブランクがある。
.けれど、もし7年経っても、「もう一度、頑張って子供を作ろう」という両親の決意が無ければ、
そのまま諦められて、私は産まれてこなかったかもしれない。


……ってなわけで私は常々、もし私がこの世に生まれず、私が存在しない世界だと、
どうなっているのか、ということをよく想像したりしているんです。
そして、私はどんな役目があって、何のために、この世に生まれてきたのか、
をも考えたりします。
人に良い影響を与えたり、人の役に立つことがあるのかとか、
私が、人の人生を変えるようなことが有ったりするものかしら と、
子供の頃から考えていたりしてるんです。

そして、専門学校に入った頃、偶然にコノ映画に出会って、
《まさに私がいつも考えてる事だ 私が味わいたい世界だって、衝撃を受けて大嗚咽
それがキッカケで、この映画の世界を味わってみたいと思うようになり、
『素晴らしき哉、人生!』は、私の大好きな映画にもなり、
私の人生における永遠のテーマの映画にもなったわけなのです (だ〜、疲れた(苦笑)

で、こういったようなメール等を頂くたびに、
《ああ、こんな私でも人の役に立ったり、人に良い影響を与えたりしているんだなあっ》て思って。
で、その人がそれで幸せになっていると思うと、あの映画のことも一緒に思い出したり
その人達の幸せを想像して、涙そうそうしちゃうのですよ
逆に、私がコノ世に存在してることによって、私の人生を変えてくれる人にも
出会ってたりしてるわけだし。


こちらこそ人生のテーマな映画の世界をミクロなカケラでも、味わわせて頂いて有難うございます
と、御礼が言いたいです。
本当に、心から大感謝です
                   

いやあ、人生って本ッ当にイイもんですね

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